「内なる図書館」を豊かにするには

 「内なる図書館」とは

「具体⇄抽象トレーニング」

「内なる図書館」を豊かにする方法! 

 

 

岡田哲朗さんの「音楽の聞き方ー聞く型と趣味を語る言葉ー」では、フランスの文学理論家ピエール•バイヤーズが、誰もが「内なる図書館」(つまりそれまでの経験などから身に付けた知識の集合体)を持っていて、それにより好き嫌いが決定されるとありました。

この、「内なる図書館」と言うものは、生まれた時から周囲に多くあり、親しんできたものが大きな要因となります。

本を読んでも、芸術作品を鑑賞しても、ある程度自分の中に似たようなものがあり、共感できないと楽しめないと言うことです。

 

私は、それに対しては賛成です。

時々、読書感想文などが作者の意図から外れた、独りよがりな感想になってしまうことの原因は、ここにあると思います。

延々と作者が主張していることではなく、自分の中で面白いと思った(共感できた)所だけが印象に残り、あたかもその本に書かれていることが「自分の共感した作者の主張の一部」だけだと勘違いしてしまう…と言うことです。

 

しかし、私はひとつ疑問を感じました。

私たちは、たまたま生まれた時にいた環境に則った事しか学べないのでしょうか?

自分の持っているもの(「内なる図書館」に入っているもの)しか私たちを構成することはできないのでしょうか?

人生と言うのは、自分が生まれたときの環境のみに左右されているのでしょうか?

それは違う気がするなぁ…

そんなことを思いながら、しかし答えは出ず、長い間過ごしていました。

 

そんな時、

『「具体⇄抽象」トレーニング』(細谷功 著)に出会いました。

f:id:lululi:20210115165349j:plain

 

 

ここでは、人間の知の発展が「知のピラミッド」なるもので説明されています。

これは、情報量と、抽象度によって知が発展するとされています。

f:id:lululi:20210115162201j:plain

「知のピラミッド」 (『「具体⇄抽象」トレーニング』をもとに作成)

 私たちは、具体的な物事に囲まれて暮らしていますが、それを抽象化することによって、様々なものに共通する部分を選び取ります。

 知を発展させるためには、情報量を多くする必要もありますが、それとともに様々な情報から共通点を見出し、抽象度を上げ、より一般的な、より普遍的な知恵にすることで、知が発展すると言うことです。

 

 

ここで、ある考えが浮かびました。

1つの経験をしても、それをただの1つの情報として捉えるのではなく、もっと抽象化して考えてみると、同じような経験はたくさんあると気づくことができます。

例えば、「いつもはファンタジーばかり読んでいるけれど、今日はホラーを読んでみた」という経験をしたとします。

この場合、何も考えなければただ「ホラーも読んでみた」という経験ですが、もっと抽象化してみると、「知らない世界に踏み込んだ」「非日常の体験をした」などと言うことができます。

一旦抽象化してみると、それに当てはまる経験はたくさんあると気づきます。

「海外に旅行をしに行った」、「高級なディナーを食べた」、「新しい会社に入社した」、などなど…

 

一旦抽象化することで、同じような経験と言うものが思いつきやすくなります。

1つの経験をしても、それを抽象化して考える力があれば、別の経験も「これと似ている!」と感じることができるようになるでしょう。

そして、その抽象化された部分に当てはまる具体的なものは全て「私たちが持っているもの」になるのです!

 

また、抽象化することは自由度が大きく、様々な共通点(現象と対比されて本質と呼ばれます)が存在します。よって、1つの具体的な事柄から無限に抽象化された本質ができるのです。

 

これが、「内なる図書館」を豊かにする方法です。

全く同じような経験にだけ反応するのではなく、

抽象化することで物事の共通点を見つけることができるようになり、「内なる図書館」をどんどん豊かにしていくのです